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電磁気学講義ノート:マクスウェル方程式のためのベクトル解析 (2)ナブラを使って grad・div・rot の計算を簡素化

Maxwell方程式に基づく電磁場の計算のために,前回は下記の事項を学んだ。


続いて今回は,

  • 微分の表示をナブラで省いて,場の計算を簡素化しよう

という点を学ぶ。


そうすれば grad, div, rot などのベクトル演算について,単に直感的にイメージがわかるだけでなく,具体的な計算を自分で素早くできるようになる。

そして,各演算子の本質的な意味がわかるようになる。


ナブラを使おう

微分演算子ナブラは


\vec{\nabla}=(\frac{\partial}{\partial x},\frac{\partial}{\partial y},\frac{\partial}{\partial z})


と定義される。


がしかし,二度とこんな書き方をしてはいけない。


前回学んだ通り,座標は,座標軸番号で一般化すべきなのである。

そうすれば式を書く際に記法が簡潔になる。

そうすればあなたは人生で無駄な時間を過ごさなくて済む。

式を読まされる側も解読に不必要な時間を浪費させられなくて済む。


今後は,添え字を利用した表記により,ナブラを


\vec{\nabla}=(\frac{\partial}{\partial x_1},\frac{\partial}{\partial x_2},\frac{\partial}{\partial x_3})=(\partial_1,\partial_2,\partial_3)


と書こう。

※手書きで計算するときにも ∇ の上に矢印を書くこと。そうしないとベクトル演算の際に混乱を招く。

プログラミングの時に変数の「」という概念があるのと同じように,計算表記の際も対象がスカラーなのかベクトルなのかはっきりさせるべき。


無理してプアマンズ・ボールド体でノートを取って誤読を招くような事態は避けよう。


この演算子を使った操作として,以下の4つを考えることができる。

場当たり的に覚えるのではなく,「この操作は何から何を生むのか」という点に注目して体系的に把握すること。


(1)スカラー場からベクトル場を作る操作:grad(勾配)

ナブラを使った表記:

\text{grad}=\vec{\nabla}

成分計算法:

ナブラというベクトルの右から,Uというスカラーをかけるので


\vec{\nabla}U=(\partial_xU,\partial_yU,\partial_zU)


である。だから第i成分は


(\vec{\nabla}U)_i=\partial_iU

意味:
  • 引数に取るスカラー場:
    • ポテンシャルなど。
  • この操作の結果生成されるベクトル場:
    • 対象とするスカラー場の勾配。ポテンシャルの上にボールを置いた時に,転がって行く方向(の逆方向)。
補足:

一次元のgradは,単なる「微分」である。

したがって微分とは,転がっていく時の転がり方を求めるための操作だったのである。

今まで使っていた意味での「微分」を多次元に拡張した物が grad であるとみなせる。


なお転がり方とは

  • 転がっていく方向と
  • 転がり方の強さ

の2情報。


(2)ベクトル場からスカラー場を作る操作:div(発散)

ナブラを使った表記:

\text{div}=\vec{\nabla}\cdot

成分計算法:

内積の定義より


\vec{\nabla}\cdot\vec{E}=\partial_xE_x+\partial_yE_y+\partial_zE_z


なので,縮約則により


\vec{\nabla}\cdot\vec{E}=\partial_iE_i

意味:
  • 引数に取るベクトル場:
    • 流れの「流線」など。流体の流線や,電場の電気力線とかが,空間内に張り巡らされているイメージ。
  • この操作の結果生成されるスカラー場:
    • 対象とするベクトル場の発散の量。ある点からのわき出しや吸い込みがあるかどうか。
    • ある微小領域内に入りこんだ流線が,全てその微小領域から出て行っており,微小領域内で新しい流線の生成がなされていないならば,発散は0である。
補足:

この演算子は,直交座標系で単独でまともに使う事はあまりない(少なくとも電磁気では)。


divを使う局面としては,

  • (1)ある体積領域内で積分するために出てくる。つまりガウスの定理。
  • (2)極座標でのわき出しを計算する。電荷が生む電気力線の総量など。つまり,マクスウェル方程式の1つ。


空間内のある一点のわき出しを,直交座標系で計算するなどという事は,意味がないのである。


なぜなら,物理的なわき出しは,ふつう球対称だから。


点電荷があって,x 方向にだけ電場を発生させ, y 方向には全く電場を生まない,などという事は,通常の条件では起こり得ないのだ。


点電荷が生む電場を考慮したいという時点で,極座標とは縁を切れないのである。

だから,電磁気の授業でこのへんになると div の極座標表示とかを教わる。


(3)ベクトル場からベクトル場を作る操作:rot(回転)

ナブラを使った表記:

\text{rot}=\vec{\nabla}\times

rotではなくcurlと書く場合もある。

成分計算法:

外積の定義より


(\vec{\nabla}\times\vec{E})_x=\partial_yE_z-\partial_zE_y


なので,第i成分は


(\vec{\nabla}\times\vec{E})_i=\epsilon_{ijk}\partial_jE_k

意味:
  • 引数に取るベクトル場:
    • 電場や磁場や流れ場。
  • この操作の結果生成されるベクトル場:
    • 対象とするベクトル場の回転軸。軸だから方向があり,ベクトル場である。
補足:

ローテーションは,一番覚えにくい。

イプシロンを使えば計算は楽になるが,定義の意味をおさえておくべきだ。


rotの定義を理解するために,平面上で原点Oに働く,反時計回りに回転させようとする力を考えてみよう。


原点Oに働く力を分解すると,x 方向のものと y 方向のものがある。


原点O近傍の y 方向の力を図示すると,反時計回りの力は下記のようになる。

     ↑
     ↑
   ↓O↑
   ↓
   ↓

x 軸上で働く y 方向の力として,下記のように図を描いてもよい。

           ↑
         ↑ ↑
       ↑ ↑ ↑
     ↑ ↑ ↑ ↑
   ↑ ↑ ↑ ↑ ↑
 ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑
 ―――――O―――――> x

x < 0 の側と,0 < x の側とで,y 方向の力に差があるのだ。

右側ではより多くの前向きの力を受け,左側ではより少なく前向きの力を受ける。

だから,原点にいる人は反時計回りに回転しそうになる。


この「x軸上で,y方向の力にどれだけ差分があるか」というのを式でいえば

\frac{\partial{F}_y}{\partial{x}}

となる。


同じ理屈を,原点に働く x 方向の力についても考えてみると,

「y軸上で,x方向の力にどれだけ差分があるか」という事になるから

-\frac{\partial{F}_x}{\partial{y}}

という事になる。マイナスがつくのは,反時計回りだから。


そういうわけで,x - y 平面上での回転を表す式は


\partial_xF_y-\partial_yF_z


となり,rot の定義の z 成分と一致する。


(4)スカラー場からスカラー場を作る操作:div grad(ラプラシアン)

ここまでを組み合わせれば,「スカラー場からスカラー場を作る操作」を構成するのは容易である。

  1. まずスカラー場からベクトル場を作り(grad)
  2. 次にベクトル場からスカラー場を作る(div)。
ナブラを使った表記:

\text{div}\quad\text{grad}=\vec{\nabla}\cdot\vec{\nabla}=\vec{\nabla}^2=\triangle

ラプラシアンと呼ぶ。

※なお,「ラプラス演算子」と呼ぶと,制御工学のラプラス変換のラプラス演算子 s を指す事になり誤解を招く。

成分計算法:

内積の定義より


\triangle{U}=(\vec{\nabla}\cdot\vec{\nabla})U=\frac{\partial^2}{\partial{x}^2}U+\frac{\partial^2}{\partial{y}^2}U+\frac{\partial^2}{\partial{z}^2}U


なので,縮約則により


\triangle{U}=\partial_i^2U


なお応用として,ラプラシアンをベクトルの各成分に対して作用させることにより,ベクトル場からベクトル場を作ることもできる。

その場合の成分計算(第1成分の場合):

(\triangle\vec{A})_1=\partial_i^2A_1


つまり

  • スカラー場用のラプラシアンと
  • ベクトル場用のラプラシアン

の2種類があり,演算子としては両方とも同じ記法になるということ。


意味:
  • 引数に取るスカラー場:
    • ポテンシャル。この演算子が出てくる学問はポテンシャル理論である。
  • この操作の結果生成されるスカラー場:
    • 周囲の平均値からのずれ。あるいは平衡からのずれ。調和関数の調和を崩す原因が存在するかどうか
補足:

ラプラシアンの意味は,微分記号を使った定義式をいくら眺めていても,絶対に理解できない。

いったん連続系ではなく,離散系で考えてみると,ラプラシアンの意味がわかる。


ラプラシアンを離散系で差分表示すると,周囲の平均値からのずれ(不足分)を表すということがわかる。

下記URLで導出までの計算過程を見れる。

ラプラシアンの計算をしてラプラス方程式を解く
http://d.hatena.ne.jp/nowokay/2008042...
※中心差分を利用しているのは,前進差分よりも精度がよいから。


差分計算の前提知識:数理手法Ⅱ
http://www.tzik.mydns.jp/ap2007/wiki/...


すると,離散系から連続系に話を戻して,ラプラシアンを使った方程式(ラプラス方程式)


\triangle{U}=0


の意味は,

  • Uは,空間内の各点において,近傍の値の平均値に等しい

ということであるとわかる。


このような関数を調和関数という。

差分表示から話を進めるのではなく,調和関数論から直接,上記の結論を導くこともできる。

ラプラス場
http://www12.plala.or.jp/ksp/vectoran...
点 M における調和関数値は, M を中心とする球内(半径によらない!!)の 値の平均値に等しい


球面調和関数など、幾つかの調和関数が存在しますが、調和とは何が調和的なのでしょう
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/...
(x0,y0,z0)における関数fの値が、その周りの値の平均値に等しい


電磁気の勉強を進めて行くにあたり,

  • 電場のスカラーポテンシャル
  • 磁場のベクトルポテンシャル

は,ソース項(電荷や電流)がない限り,上の調和関数の性質を満たすという点を覚えておきたい。

wikipedia:偏微分方程式
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%81%8...
ラプラス方程式の解は調和関数と呼ばれ、重力場や静電場といった物理的なベクトル場のポテンシャルを与える。


ラプラス方程式の右辺にソース項が存在する場合をポアソン方程式という。

電磁気の静電ポテンシャルの場合は,下記のように記述される。


-\triangle\phi(\vec{r})=\frac{\rho(\vec{r})}{\epsilon}

静電ポテンシャルとポアッソン方程式
http://www.ipc.akita-nct.ac.jp/~yamam...


これを見たとき,ラプラシアンの意味が分かっていれば,数式の主張を下記のように具体的に理解できる。

  • まず先ほどのように,△の意味は「周囲の平均値からの不足分」である。
  • だから△φの意味は,「ある点での電場のポテンシャルの,周囲からの不足分(へこみ)」である。
  • だから - △φ の意味は,「ある点での電場のポテンシャルの,周囲からの超過分(ふくらみ)」である。
  • だから - △φ = ソース項 という式の意味は,「ある点での静電ポテンシャルを増加させる原因は,その点に存在する電荷である」という事になる。
  • 簡単に言うと,「電荷は静電ポテンシャルを盛り上げる」ということになる。


マイナスを方程式の左辺に持ってくることによって,「 - △ 」をひとまとまりの演算子とみなし,「増加分」というわかりやすい意味を持たせることができるのである。


そういう理解があれば,物理における他のさまざまな分野の方程式,たとえば重力場の方程式を理解する事もできる。

実際に読み解いてみよう。

重力ポテンシャルをψ,重力定数をG,質量分布をρとすれば,それらの間に成り立つ方程式は


\triangle\psi=4\pi{G}\rho


である。これを重力場におけるポアソン方程式と呼ぶ。


静電ポテンシャルの場合と違って,この式の左辺には,どうしてマイナスが無いのだろうか?


その理由は,ラプラシアンという演算子の意味を定義から考えなおせばすぐにわかる。

  • △ψとは,重力ポテンシャルのへこみである。
  • だから,この式の意味は「重力ポテンシャルのへこみを生む原因は,質量分布である。」という事になる。
  • ポテンシャルがへこんでいる場合,周囲の物体はそのへこんだ場所の方向に向かって動くように力を受ける。
  • だから,この式の意味は「質量分布は,周りの物体を引き寄せる。」という事になる。


要するに,引力と斥力の違いである。

  • 正電荷は山のような盛り上がった静電ポテンシャルを作るが,
  • 質量は谷のようなへこんだ重力ポテンシャルを作る。

重力ポテンシャルがへこんだ形をしている件については,下記ページの真ん中あたりにある図を参照すること。

一般相対性理論の基礎:アインシュタインの方程式
http://www.geocities.jp/maeda_hashimo...
分布形状は以下の図の様に、質量に近づくほど落ち込んでいくいわゆる”じょうご型”です。


このように,ラプラシアンの物理的意味を理解していれば,場の定性的な性質をつかみやすい。



大学以降で学ぶ物理学のキーポイントの一つは,このラプラシアンを使った,ポアソン方程式に精通する事である。

電磁気だけでなく流体,材料,伝熱工学など,どの分野にもポアソン方程式とその派生形は出てくる。

ポアソン方程式をさまざまな境界条件で解くために

  • 変数分離法
  • フーリエ級数展開
  • グリーン関数法

などを学ぶことになるが,電磁気を学んでいる間にそれらポアソン方程式の解法に習熟しておけば,あとあと幾つもの分野で役立つことになる。


以上でラプラシアンの解説を終える。


計算例

マクスウェル方程式の中で,「電流が磁場を生む」ことを表す式として

\mu_0\vec{i}=\text{rot}\vec{B}

すなわちレンツの法則がある。

ここからポアソン方程式を導こう。


ポアソン方程式はポテンシャルを扱う方程式であるから,まず磁場のベクトルポテンシャルを

\vec{B}=\text{rot}\vec{A}

と置く。

※なお,ベクトルポテンシャルの事を「ベクポテ」と略す。


式変形して

(\text{rot}\vec{B})_i=(\vec{\nabla}\times(\vec{\nabla}\times\vec{A}))_i\\\quad=\epsilon_{ijk}\partial_j(\epsilon_{kpq}\partial_pA_q)\\\quad=\epsilon_{ijk}\epsilon_{kpq}\partial_j\partial_pA_q\\\quad=(\partial_{ip}\partial_{jq}-\partial_{iq}\partial_{jp})\partial_j\partial_pA_q\\\quad=\partial_j\partial_iA_j-\partial_j\partial_jA_i\\\quad=\partial_i(\partial_jA_j)-(\partial_j\partial_j)A_i\\\quad=\partial_i(\vec{\nabla}\cdot\vec{A})-(\vec{\nabla}\cdot\vec{\nabla})A_i\\\quad=(\vec{\nabla}(\vec{\nabla}\cdot\vec{A})-(\vec{\nabla}\cdot\vec{\nabla})\vec{A})_i


ここで,常に\text{div}\vec{A}=0とおくような決まりの事をクーロンゲージと呼ぶので,その決まりを導入した場合のベクトルポテンシャルは


\text{rot}\quad\text{rot}\vec{A}=-(\vec{\nabla}\cdot\vec{\nabla})\vec{A}


を満たす。だから静磁場を求める方程式は


-\triangle\vec{A}=\mu_0\vec{i}


なるポアソン方程式を満たす。


復習

  • スカラー場とベクトル場の,各々から各々を生成するための演算操作をそれぞれ挙げよ。
    2×2で全4パターンなわけだが,うち1パターンの方法は2通りある。
  • それら5通りの計算を行なうことにより,演算を実行した人間はどのようなメリット(つまり,有益な情報)を享受できるのか。
  • それらのベクトル演算を場の計算に利用する際,直交座標系での計算方法を覚えただけでは戦力にならないのはどうしてか。
  • ポテンシャルという概念を踏まえると,微分とは何を求める事なのか。
  • rotという演算子で回転を計算できる理由を述べよ。
  • ラプラシアンの差分表示を導出して,演算子の意味を説明せよ。また,- △ はどのような意味を持つか。
  • レンツの法則からポアソン方程式を導出せよ。